★これからも世界に衝撃を与え続けている!ただいま!ディープシークを基盤とした実用アプリ開発競争中だ!!
中国発の新型AI(人工知能)、ディープシークは世界に大きな衝撃を与えた、という話は各メディアで繰り返されているが、見過ごされている本当の衝撃が始まろうとしている。ディープシークは中国AIの到達点ではなく、ここから急激な成長が始まろうとしているのだ。
低コスト、オープンソースの破壊力と
世界とは異なる中国のAI開発とは?
中国内部での変動を見る前に、まず世界ではディープシークがどのように見られているのかを振り返っておこう。その議論は主に地政学的な観点、AI半導体の受容、オープンソースAIの普及に分類できる。
中国ディープシークの最新モデル「R1」は1月20日の発表。ほぼ同等の性能を持つとされる、米オープンAIの「o1」は昨年9月の発表だったので、わずか4カ月差だ。中国のAI開発を遅らせるために、米国は先端半導体の輸出規制を行ってきたが、この技術封じ込めは失敗に終わったのではないか。中国のAI技術はすでに米国と同等、いや上回っているのではないか。1957年、ロシアが世界初の人工衛星スプートニクの打ち上げに成功したことで、米国は技術的に劣位に立たされたと衝撃を受けた。これになぞらえて、「AIのスプートニクショック」だとの声も上がっている。
また、多額の資金を費やし肥大化を続ける米企業の路線とは異なり、ディープシークは低コストでの開発、運用に強みがある。この技術が広がれば半導体需要が激減する可能性があるとして、半導体株を中心に世界の株価が急落した。さらに、ディープシークは無償で商用利用が可能なMITライセンスで公開されている。こうしたオープンソースのAIの性能が上がれば、オープンAIや米グーグルなどのAIベンダーは開発投資を回収できなくなるのではないかという懸念もある。
だが、中国国内のディープシークショックはまったく異なるものだ。
米国の規制を打ち破った英雄として、中国でディープシークは絶賛されている。世界が「ディープシーク恐るべし」と騒いだことによって、中国人の愛国心に火が付いたようだ。この盛り上がりには既視感がある。2023年秋、中国の通信機器・端末大手ファーウェイはスマートフォン「Mate 60」を発表した。米国の制裁で台湾TSMCでの半導体委託製造ができなくなっていたファーウェイが、ついに国産半導体の製造に成功した。このビッグニュースに中国全土が沸き立ち、発表会で使われた「遙遙領先」(はるかにリードしている)との言葉は流行語となったほど。その勢いのまま、ファーウェイは快進撃を続け、24年の中国スマートフォン市場出荷台数ランキングでは米アップルを抜き、2位の座に就いている。
ファーウェイに続き、“英雄”ディープシークも中国を席巻している。そのDAU(日間アクティブユーザー数)はすでに2000万人を突破した。TikTok運営企業バイトダンスのAI「豆包」を抜き、中国企業トップに躍り出た。
企業のディープシーク導入も続く。検索大手の中国バイドゥはディープシークを使ったAI検索を実装する予定だ。バイドゥは自社AIを持ちすでにAI検索を実装していた。自社AIとディープシークを選択できる仕様となる。ブームにはあらがえないとの判断だ。また、自社AIをディープシークと同じくオープンソースにする方針も発表した。
中国最大のメッセージアプリ「WeChat」を擁するテンセントも、WeChatにディープシークを搭載し、AI検索機能を追加する。同社も独自AIを持っているが、それを使わずにディープシークを採用する。
自動車メーカーでは、BYD、吉利汽車、東風汽車、長城汽車、上海汽車、広州汽車など新興EVメーカーから国有企業まで20社以上が車載システムにディープシークを統合したと発表している。音声で指示すると、近隣に何があるかを教えてくれる、エアコンや車内灯などを操作できるといったデモが公開されている。
世界に輸出し始めた中国製EVもディープシークの車載用AIを採用 Photo:Sjoerd van der Wal/gettyimages
スマートフォンではファーウェイ、オナー、OPPO、ビボ、レノボ、ZTEがスマートアシスタントとして実装を表明している。家電ではハイアール、ハイセンスが採用を発表した。これだけではない。さらに銀行、証券会社、通信キャリア、ニュースサイト、電子書籍、旅行サイト、教育アプリ、病院など、あらゆる業種で採用が相次いでいる。2月17日にはWeChatがディープシークを採用すると発表、運営企業テンセントの株価は一時7.8%高を付けるなど市場も強く反応した。
ブームは地方政府にまで飛び火している。深圳市龍崗区政府はディープシークの採用を発表。公文書の作成支援や監視カメラ映像分析による行方不明者捜索、住民通報の分析に活用している。同じく深圳市の福田区ではディープシークによって稼働するAIエージェント70体を配備したと発表している。他にも江蘇省蘇州市崑山市もディープシークを採用、交通量の分析や住民通報の分類に活用しているとされる。
本当に使えるソリューションになっているのか、とても信じられないが、ディープシーク熱が燃え広がっていることだけは事実だ。これほどのブームになっている最大の要因は愛国心だが、もう一つ重要な要素がある。それは価格だ。ディープシークは無償で商用利用可能というライセンスで公開されているため、他の企業はそのAIを無償で利用することができる。
中国AI競争は実装のステージへ
新たに生まれたビジネスの萌芽
このディープシークブームは中国AIの転換点となりそうだ。もともと中国AIは極めて高い実力を持っているが、ある重大な欠点があった。それは「金を払う顧客の欠如」である。大手IT企業ではバイドゥ、EC(電子商取引)大手アリババグループ、テンセント、ファーウェイ、バイトダンス、音声認識のアイフライテックがしのぎを削る。加えて、スタートアップではムーンショットAIや智譜AIなど新興のAI企業、通称「AI六小虎」と呼ばれるユニコーン企業6社も控えるなど、中国AI企業の層は分厚い。
だが、金を払う顧客は少なかった。これほど多くのAI企業があるのであれば、安いところの製品を使えばいい。昨春にアリババが97%値引きを仕掛け、泥沼の価格競争が始まると、体力のないスタートアップ企業からは悲鳴が上がった。AI六小虎の一角である零一万物はすでに事業を縮小し、AIアプリ開発にピボットしたことが分かっている。
生産能力過剰が故に価格競争が激しく、利益が出せない消耗戦が続くことを中国語で「内巻」という。らせんを描くように、利益が縮小していくことを指す。EVや鉄鋼など多くの産業で繰り返されてきた中国経済の持病が、AIでも繰り返されている。
それが突然のディープシークブームによって、「ディープシークを実装したい」顧客が大量に出現した。無料で公開されているとはいえ、各企業が使えるように改造し実装するにはAI企業の支援が必要だ。今までは金を出し渋っていたクライアント企業も、ブームに乗り遅れまいと財布のひもを緩めている。
AI企業からすると、ディープシークという大人気AIが生まれてしまった以上、自社AIを売り込むことは難しくなったが、その代わりにディープシークを改造し実装する新たなビジネスが誕生した。しかも、前述の通り、家電や証券会社、病院などあらゆる業界が一気に導入を求めているため、その仕事量は膨大だ。ディープシークがブームとなったことによって、中国では巨大なAI実需が生まれ、社会実装の強力な推進力となっている。
先日、ある中国人ベンチャー投資家と話したが、「AIのアイフォンタイムは終わり、アイフォン4のステージが訪れようとしている」との見立てを示していた。これは何を意味しているのか。スマートフォンという新たなデバイスはその中で動くアプリや関連サービスなど巨大なマーケットを切り開いた。ただ、その本格的な普及が始まったのは初代アイフォンの時代ではなく、アイフォン4の時代であった。これまでの中国におけるAI競争はアイフォンに相当する、デファクトスタンダードとなるAIを誰が開発するかを目指した競争だった。だが、ディープシークによってこの勝負は決着がついた。この後はディープシークを基盤として、どのようなサービスを実装するかというアプリケーションの開発競争になる。
スマートフォンの基盤を制したのはアイフォンを作ったアップルであり、アンドロイドを作ったグーグルであった。だが、その上に花開いた関連産業で中国は世界をリードする進化を見せた。10年代の中国モバイル産業の高成長、TikTokに代表されるモバイルアプリの世界展開は目覚ましい。
AIにおいても、アプリケーションの進化では中国に軍配が上がり、その製品が世界を席巻する可能性は十分にある。少なくとも中国の投資かいわいではディープシーク・ショックは新たなチャンスの始まりだとの見方が広がっている。世界が見るディープシーク・ショックとは別のムーブメントが中国で広がりつつある。
